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【ハート将棋物語】〜ハートサンドゲーム〜

更新日:2021年1月7日

「ただいま」「ただいまー」「タダイマ」


学童クラス「すこやかきょうしつ」に入ってくるときは、そう言うのがきまりになってる。最初の頃はすごく嫌だったけど(だってここは家じゃないからね)、もうなれた。…っていうか、しょうがないよね、きまりなんだから。


「おかえり」


今日の「しどういん」は、コウノ先生とナナコさんだ。コウノ先生は、ちょっとオバさん…っていうか、ママとおばあちゃんの間ぐらいの年かなあ、よくわかんないけど。このコウノ先生がよくいうんだよ。「それはきまりだからね」って。


きまり通りに自分のロッカーにランドセルを入れていたら、ナナコさんが後ろを通りながら言った。


「こんにちは、ヤマキ君。今日も宿題はやんないの?」


ナナコさんは「しどういんじょしゅ」っていうらしい。本当は大学生なんだって言ってた。コウノ先生よりはずっと若い。だからかどうかわからないけど、ナナコさんは「おかえり」をあまり言わない。「こんにちは」だ。ナナコさんも「ただいま」「おかえり」は変だなと思ってるのかもしれない。


「宿題は家でやるから」


家でやる勉強だから英語ではホームワークっていうんだよ、って付け足そうかと思ったけどやめておいた。ナナコさんに生意気な子だと思われたくないからね。

「おっと、そうかね。忘れないでちゃんとやれよ」


背がすうっと高いナナコさんは、そう言いながらぼくの頭をひとなでした。女の人っていうより、お兄ちゃんみたいなしゃべり方をする。でもそれがちょっとかっこいいと思う。


小学校3年生の宿題なんて少しの時間でできる程度のものだしね。学童でやらなくっても困ったことはないよ。それよりも、ぼくはここでは別の時間の使い方をしたいんだ。


「ああ、ショーギ少年、連絡カードはどうした?」ナナコさんが言った。ナナコさんはぼくのこと「ショーギ少年」って呼ぶことがある。これも実は結構気に入っていることの一つだ。


親と学童クラスの連絡に使うカードをランドセルから取り出してナナコさんに渡す。それから、大事な本「三手詰め100問」を持って、ぼくはいつもの場所に座る。いろいろなボードゲームが置いてある窓の下の棚から将棋盤を取り出す。そう、ぼくにとって学童クラスは、じっくりと詰め将棋をやる場所なんだ。昨日はどこまでやったっけ?「三手詰め100問」をめくって…今日は37問目だ。飛車が邪魔駒でどうしようかな、っていうところで止まってたんだった。さてと、と駒を並べて考え始めたとこで、ナナコさんの声が聞こえた。


「そうそう、ショーギ少年、ヤマキくん。今日、こんなものが入ったのだぞ」

ナナコさんは両手で何かを持っている。大きなハートが描かれた青いカバンだ。




「ええ?なにそれ」「かわいいー!」「ハートだあ」「見せてえ」


それを見て、宿題をしていたり、別のところでおしゃべりしていたりした女子たちがみんな立ち上がってナナコさんに近づいて取り囲んでしまった。


「これね」ナナコさんが中のものを取り出しながら言う。


「将棋なんだよ、ハート将棋。新しい遊び道具として、今日仲間入りしましたあ!」


「うわあ、かわいい」「かしてかして」「これ並べるとすごくキレイ」「ドミノ倒しもできるよ」


女子たちがさっそくハート将棋に飛びついた。ぼくはなんだかすごくイヤな気持ちだった。だって、ナナコさんはぼくにハート将棋を見せようとしてくれてたんじゃないか。それなのにどうして普段将棋に興味なんかない女の子たちが、先に遊んでるんだ!?おかしいだろう。どうせ、やり方なんてわからないに違いない。ハート型?ビンクと白?ぼくは普通の将棋の方がずっと好きだ。


「いろいろ遊べるけれど、本来は将棋をするものだからね。動かし方が書いてあってわかりやすいでしょう。そうだ、ヤマキくん、みんなに将棋を教えてあげなさいな」


コウノ先生がおやつのお皿を準備しながら言った。


冗談じゃない!ぼくは、詰め将棋を解くのは大好きだけど、本当は誰かと対局するのはあんまり得意じゃないんだ。だいたいどうしてぼくが女の子たちに教えたりしなくちゃいけないのか。

ぼくが黙っておやつの皿を取ると、コウノ先生がさらに言った。


「いつも一人で誰ともお話ししないし、外にも遊びに行かないんだから。ハート将棋で女の子たちと少し仲良くなったらどうなの?」


ますますイヤになってきた。ぼくは別に人と話をするのが嫌いなわけじゃなくて、特に話すことがないだけだ。外に出て動くより、詰め将棋が楽しいからやってる。一人で詰め将棋してるのは悪いことなのか。


「別に教えてもらわなくても大丈夫だもんねー」


「ハートの表側に描いてあるもん」




女の子たちがますます楽しそうにハートの駒で遊び始めた。ふん、ぼくは絶対に教えてなんかやらない。勝手にやればいい。将棋は五角形っていうのがきまりだ。なんでピンクのハート型なんかにしたんだろう。なんだか、ちょっと悲しくなってきた。おやつで気を紛らそうとしたけど、今日はサツマイモと牛乳だけかあ…余計に気が滅入る。


「どうした、ショーギ少年。このお芋は1、2年生が畑で収穫してきたものだぞ。たくさん食べて元気出せ!」


ナナコさんはそういうけどぼくは、サツマイモでなんか元気になってやるか、と思っていた。


女子たちは賑やかにおしゃべりしながらおやつを食べていた。ぼくはサツマイモを急いで口に詰め込んで、いつもの将棋盤に戻った。「三手詰め100問」の37問目を解くんだ。


「うーん、桂馬を持ってるんだから…」いつの間にかすっかり「三手詰め100問」に夢中になっていた。そんな時、またナナコさんの張りのある声が響いた。


「ショーギ少年!ちょっと、こっちきてくんない?」


いくらナナコさんの頼みでも、ぼくは将棋を教えたりなんかしないよ。ハート将棋だったら動き方が書いてあるから、初めてでもちゃんとゲームができるんだろう。だったらやったらいいじゃないか。


「ショーギ少年ってばあ、こっちでハートサンドゲームやろうよ」

ん??ハートサンドゲーム?なんだそれ?


「ハート将棋を使った新しいゲームだよ。あたしがさっき考案した。ショーギ少年に参考意見を聞きたい」


新しく考案したゲーム、と言われてちょっと心が動いてしまった。本当を言えば、ハート将棋ももっとちゃんと見て触ってみたかったんだ。だから立ち上がって、ナナコさんや女の子たちの方にちょっとだけ近づいた。


「みんなとちょっとやってみていたんだけど、ルールが今一つ思い出せな…違う、思いつかないところがあって。ほら、こっちにきて、少し助けてよ」


ナナコさんがぼくの方に手をかけて隣に座らせた。しかたがないのでハート将棋を手にとってみた。意外と大きい。でも軽い。つるっとした手触りだ。二本指でつまんでパチン、と音を立てるのはできないんだろうと思ってたけど、そんなこともなかった。なんだ、ちゃんといい音する。ちょっと悔しい。


「えーと、ハートサンドゲームは歩のコマだけを使います」


山になったハートの中から、女の子たちが歩の駒を探し始めた。


「裏が『と』のやつだよね」


「そうそう。白チームとピンクチームに分けて並べて」


「縦と横に進むんだよね」


「ハートをサンドしたら取れる」


1年生の女の子たちがうれしそうに言う。


「うん、じゃ、ショコちゃんとレイナちゃんでも一回やってみて。困ったとこでショーギ先輩に意見を聞いてみよう」


いつの間にショーギ「先輩」になったのかわからないけど、まあ、見ていてやろうっていう気になった。ナナコさんが考えたハートサンドゲーム、どんなものなんだ?

白いハートとピンクのハートが盤の両端にずらりと並んだ。なかなかキレイなもんだなあ、と思ってしまった。可愛いけど結構りりしい感じだ。




まずは白いハートが8五にすっと進む。レイナって子がピンクハートをつまみあげて7六にポンと置いた。白ハートが6六に。ピンクが5六。…えーこれって!!??


「ハートサンド!1個とった」


「挟み将棋じゃん!」


レイナって子とぼくが同時に叫んだ。


ハートサンドゲームって要するに挟み将棋のことだった。ナナコさんが考えたなんて大うそだ。ぼくは幼稚園より前からずっとやってた。


「あはは、やっぱりばれたか。そうだよな、ショーギ先輩だもんな」


ダマサレタ。「あたしがさっき考案したゲーム」だって?良く言うなあ。


「ごめん、ごめん、ヤマキくん。いや実はさあ、女の子たちと始めてみたはいいけど、端っことか角とかどうやって取るんだったか忘れちゃって。あたしももう10年以上ぶりだからさ、将棋やるなんて」


「昔はやってたんだ」


「ほんの小さい頃ね。おじいちゃんと挟み将棋専門。あ、ハートサンドゲーム専門」


「やっぱり、挟み将棋じゃん」


「いや、これは本当に私がさっき思いついたから。ハート将棋でやる挟み将棋は『ハートサンドゲーム』と呼ぶんだ」


ショコちゃんって子が言った。


「ショーギ先輩ヤマキくん、さっきはこの端っこのハートが取れなかったの。どうやったらよかった?」


「ああ、それはね、相手の動きを封じたらいいんだよ」


「うごきをふうじる?」


「例えばね…」


ぼくはピンクと白のハートを盤の角に並べてみた。


「こうやって囲んでしまう形をとれば、もう白は動けないよね」


「わあ。うごきをふうじる、だね」レイナの方が言った。


「あと、こういう形にすれば3つまとめて取れるよね」


ぼくはなんだかちょっと、興奮してきちゃったのかもしれない。挟み将棋のパターンのいろいろな形を並べて解説をし始めていた。


「あと、必殺の技もある」


「ヒッサツ?!」


「ああ、でもなあ、これはゲームが面白くなくなっちゃうから教えない方がいいな」


「えー!?ショーギ先輩、ヒッサツ教えてよお!」 「ずるーい」 「まあ、まずは二人で対戦してみなよ。ぼくは見てるから」


ぼくたちのやりとりが気になったのか、ほかにも何人かの女の子たちが周りに集まっていた。 「次は私も入らせて」


「面白そう!どうやるの?」


「お、ショーギ先輩ヤマキ氏、いつの間にか大人気だねえ」ナナコさんがからかうように言った。


「べ、別に」


「うふふ。まあ、今日はこんなだけどさ、だんだんと本当の将棋もやりたいって言ってくる子が増えるよ、絶対。そしたらショーギ先輩、嫌がらないで教えてあげてよね」


「どうかな」


ぼくはそっぽを向いちゃったけど、本当はちょっと嬉しかったんだ。詰め将棋にもそろそろ飽きてきたしね、みんな将棋が楽しいって思ってくれたら、対戦もして腕を磨けるかななんて。


「ショーギセンパーイ、ここはどうやるんだっけ?」


ハートサンドゲーム対戦中の女子がぼくを呼んだ。あれ?何だか「ショーギ先輩」って呼び方が定着しちゃいそうな気配だな。それもまあ、いいね。



 

【ハート将棋物語】〜宇佐木野生(うさぎのぶ)作〜


*作家・宇佐木野生(うさぎのぶ)さんが「ハート将棋物語」を執筆しました。

実際に「ハート将棋」を購入されたお客様からお伺いしたお話をベースにした物語も含まれています。

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