「ああ、またあ。もうお姉ちゃんなんだからやめなさいってば!」
赤ちゃんから2歳頃までの、手にしたあらゆるものを口に入れて確認作業をするという行為は本能的なもので、あまり目くじらを立てても仕方ないというのは知っている。だけど、アイリはもう5歳だ。なのにいまだにこんな注意をしなくてはいけない。
あまり気を使うことなく育てた割には体も心も大きな問題なく育ってくれたと思う。けれど、アイリにはどうにも困ったクセがある。
興味を持ったものの「味」を確認するのだ。河原で石を拾っても、お友だちからアニメのキャラクターのステッカーをもらっても、こっそりと口元に運んでいる。昨日はアルミホイルを口に入れて、ひゃっ、と変な悲鳴をあげていた。
なんとも行儀が悪いし、ものによっては危険な状況になる可能性もあるだろう。誤飲を防ぐために、今のおもちゃ類はひどく不味い味がするように加工されていることが多い。さすがに赤ちゃん時代のように躊躇なく口の中に放り込むことは少なくなっているが、それでも隠れてちょっとというのが続いている。
どうして?と聞くと、アイリの言い分はこうだ。
河原で拾った石は「しろくてツルツルしていたから」、ステッカーは「かっこよかったから」、アルミホイルは「ピカピカひかってきれいだったから」、「どんなあじがするかなとおもって」口にしてみるのだそうだ。で、どんな味がしたのかと尋ねると、「ツルツルしたあじがした」とか「かっこいいあじだった」という答えしか返ってこないのは、幼稚園児のボキャブラリーの限界ということかもしれないけど。
アイリに将棋を教えよう、これからは女の子も戦略的に生きられるようにならないとな、そのためには将棋はいい教育材料になるんだよ…とかなんとか言いながら、パパが「ハート将棋」を買ってきた。本当は、アニメの女の子キャラクターに夢中で、最近あまり一緒に遊べなくなってきているアイリを自分の得意分野に引き込もうとしてるだけだろうけど。
「良くできてるんだよ、これ。かわいいだけじゃなくてね…」
パパはハート将棋の使いやすさを力説しながら駒を並べた。どんな女の子も夢中にしてしまいそうなハート型の駒だ。将棋盤も優しい色と形でなんとも愛らしい。
盤上にピンクと白のハートが整列したのを見たとき、なんだか美味しそうだなと思ってしまった。ひとつ摘んで口に放り込んでみたくなる。ストロベリーかな、ミルクかな、ほんのりとした甘さと香りが広がる。心と体に広がる幸せ…ん!!?自分の妄想に驚いた。なんてことかしら、これじゃあ、困った5歳児と変わらないじゃない!?でもまあ、ちょっとわかるよね、大好きなものを口に入れたくなる感じ。
ふと見ると、当然のようにアイリはハート将棋の駒をひとなめしていた。私に見られたのに気づいて、手に小さなハートを隠し、困った顔をして
「かわいいピンクのあじだよ」
と言った。なんとも可愛らしくて、おかしくて、思わず娘を抱きしめた。
アイリのクセは、本人もあまりいいことではないことはわかっているようだし、そのうち収まるだろう。あまり目くじらを立てず、「きれいなあじ」「かわいいあじ」「かっこいいあじ」「ピカピカのあじ」といった表現も子どもらしい感性として大切にしたらいいのかもしれない。
そんな風に思い直す一方で、料理好きでもある自分の興味が膨らんでくるのを感じていた。アイリのいうかっこいいあじ、ってどんな味だ??ピカピカ味とは??無性に知りたくなってきていた。
とはいえ、母親が一緒になっておもちゃや文房具を舐めまくるわけにもいかない。…いや、正直にいうと、いくつかアイリのお気に入りを口に運んでみてしまったのだが、私には「キラキラの味」や「ピカピカの味」の判別はできなかったことを告白する。
アイリが毎晩のようにハート将棋でパパと対戦するようになり、
白とピンクのハートの整列が日常になっても、なんて美味しそうなんだろうと思ってしまうことが度々だった。本当に可愛い。これが本当に食べられたらいいのになあ…ん?食べられるようにしちゃえばいいのか、やれそうじゃない!やってみようか。
お菓子、だよね、やっぱり。キャンディー?クッキー?ハート将棋は表面のデザインがたまらない魅力なのだから、クッキーにアイシングで再現したいな。アイリの言った「かわいいピンクのあじ」はどんなだろう?ストロベリーの風味かな。サクサク感のイメージあるなあ…。私はなんだかもう夢中になっていた。白やピンクの色加減や、クッキー生地の感じなどを諸々工夫してみる。可愛らしく、美味しく、幸せな味に…。
「ハート将棋クッキー」は出来上がった。外側は、我ながらなかなかの再現度だ。アイリのいう「ピンクのあじ」や「かわいいあじ」と同じものができているかどうかはわからない。でも、これは私なりの「ハート型のピンクと白」味、「女の子も楽しめる将棋」味、「家族の幸せ」味のクッキーだ。
(※こちらのクッキーはby 「西北菓子工房シェ・イノウエ-CHEZ INOUE」)
ある夜、完成したクッキーを、ほらどう?と将棋を指す父娘に運んで行った。
「うわあ、ママ、すごい。かわいい!美味しそう!」
歓声をあげながら王将クッキーをつまみ上げたアイリは、やっぱり最初はちょっとひとなめ。
「ハートのあじだ」
よかった、合格かな。
【ハート将棋物語】〜宇佐木野生(うさぎのぶ)作〜
*作家・宇佐木野生(うさぎのぶ)さんが「ハート将棋物語」を執筆しました。
実際に「ハート将棋」を購入されたお客様からお伺いしたお話をベースにした物語も含まれています。
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