久々に実家の父に電話をした。
「お父さん、エマがね、将棋がやりたいんだって。
学校で体験授業があったみたいで、面白かったって。
うちでもやりたいっていうんだけど ここんとこ仕事が忙しくて、時間取れなくてね。 ちょっと相手してやってくれない? 理論的思考の発達にも役立つとかいうし、
藤井聡太くんみたいな才能が開花するかも、とは言わないけど
こういうことは、興味のあるタイミングで始めたほうがいいと思うんだよね。」
孫の相手を頼まれた父の声は弾んでいる。
「なんだって?そりゃあいい、 リロンテキシコウかどうかはわからねえけど
将棋は面白いからなあ。 さすがエマ、いいところに興味を持つねえ。
うん、オレの将棋盤を貸してやろう。 なんてったって本榧引目の足付だ 駒はちょいとへたっちゃいるが、告彫のいいもんだよ。」
そう言うと思った。けど。
「ホンカヤヒキメ?ツゲボリ?なんだかわからないけど そんなに大層なもの使わなくていいのよ。
あの大きな将棋盤でしょ?ダメダメ。うちには置くとこないわよ。
ルールを教えてもらって、ゲームができればいいんだから」
「ルール?ゲーム?ん、まあ、ゲームはゲームだが、そういう言い方は、なんかあんまり気に入らないなあ。他に呼び方はないもんかね…。まあ、いいや、それにしたって、道具がなくっちゃ、将棋はできねえだろ。わかった、エマが使いやすいような二つ折り将棋盤と駒を買って持ってってやるよ。」
「ああ、父さん、将棋のセットはね、もうあるのよ。 ハート将棋ってのを買ってきたの。駒がみんなハートの形していてね、すんごく可愛いのよ。エマもすっかり気に入ってて。早くやりたいって」
「駒がハート型だああ???」

「そうよ。ピンクと白でね。動かし方も書いてあるから、すぐゲームができるのよ」
「ピンク?白?何を言ってるのかよくわからん。将棋の話をしてるんだよな。
ちょっと前にマグネット将棋とかなんとか、電車の中でもできるっていうオモチャみてえなもんがあったけど、あの類いか?!」
おもちゃみてえって。お父さんだって昔持ってたじゃん、と言いかけたけど
「まあ、類いっていえばそうかもしれないけど。ずっと本格的よ。だって、ハートの駒はちゃんと木でできてるからね、マグネット将棋と違って、いい音するのよ。ああ、そういえば父さん、なんかパチンっていい音させながら詰め将棋してたねえ」
詰め将棋の問題集を片手に、どっかりと座り込んで、パチン、パチン、と音をさせている父の背中を思い出していた。
「ピンクと白のハート型の将棋の駒にあの音が出せるもんかよ!まあ、いい。こんなんじゃ、本当の将棋とはいえねえんだってことを、エマにも教えるいい機会だ。仕方ねえな、わかったよ、行ってやる。」
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「あ、ママ、おかえり〜。
今日ねえ、じいじ来てくれて、将棋教えてもらったよ」
帰宅するなり、娘のエマが言った。
「そう。じいじ、ハート将棋見てなんて言ってた?」
「ハア?なんだこりゃあ!!?って」
きゃはは、と声を上げて笑う。
「そうだろうなあ…こんなのダメだとか言わなかった?」
「言わないよ。なんだか変な感じだなっとは言ってたかな。 それよりも、ママ、じいじはかっこいいね!
ハートをね、こんな風に人差し指と中指でつまんで、パチン!って置くんだよ。カッコいい置き方だねえ!って言ったら
おい、いいか、エマ、将棋のコマは『おく』んじゃねえんだ『さす』んだからな、って。何回もやってくれたの。パチン、パチン!って。」
孫娘に喜ばれてさぞかし得意そうにしている父が目に浮かんだ。
「で、将棋は指せたの?教えてもらえた?」
「したよー。エマが3回続けて勝っちゃった。そしたらねじいじが、他にもゲームできるんだぞ、って。えっとね、回り将棋でしょ、将棋倒しでしょ、将棋くずしとか、挟み将棋とか。面白かったよ。ママもやろうよ。教えてあげる」
お父さん、ピンクのハートに動揺した…?初心者の孫娘に三連敗食らって、結局、挟み将棋かあ…。
でも、ハートを指す音はカッコよかったって!
【ハート将棋物語】〜宇佐木野生(うさぎのぶ)作〜
*作家・宇佐木野生(うさぎのぶ)さんが「ハート将棋物語」を執筆しました。
実際に「ハート将棋」を購入されたお客様からお伺いしたお話をベースにした物語も含まれています。
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